2016年5月30日月曜日

オバマ大統領広島訪問・・・謝罪は要求するものではないと思います

 オバマ大統領広島訪問・・・謝罪は要求するものではないと思います


本日、
『腰痛手術3回目の記録』は
チョイと一休み・・・です。


 

 『謝罪、お詫びは要求するものではない・・・』
 異論もあるようですが、私はやはりそう思います。
 
 オバマ大統領の広島・平和記念公園訪問・・、
 米国を含め海外でも概ね肯定的評価だったようです。
 
・・・が、ご近所はホンマに難しい・・・、
中国は 『南京も忘れてはならない、加害者は責任逃れできない・・・』の論評、
韓国も 『オバマ氏の広島訪問に不満 韓国人慰霊碑訪れず・・・』、更にそれよりも、
      『日本の「被害者なりすまし」を許すな・・・』、と、全体的に否定的な論評のようです。
どちらのお国の反応も想定範囲内ですが、ホンマにウンザリ・・・、お付き合いは本当に困難です・・・。
 


2016年5月28日土曜日

腰痛手術3回目の記録 4.リハビリ・・・9日、早々に開始!

 腰痛手術3回目の記録 4.リハビリ・・・9日、早々に開始!

 5月9日午前に予定通りドレーンと尿管が外れ、ベッドの縛りづけから解放・・・、
 特注のコルセットを装着し、歩行器を使ってトイレなどの移動が許可になりました。
 
 スケジュール表では9日からリハビリの予定・・・朝、管が外れたばかり・・・、
 それは無い・・・と思っていると看護士さんが『午後からリハビリへ行って下さい・・・』

 


その日から1階リハビリ室でリハビリが開始・・・、
何と、4年前にお世話になった方に
またご担当頂きました。
右は4年前のリハビリ室で今も同じです。
(今は院内撮影禁止)

 
リハビリ室のメニューンは次の通り・・・9時半から30分、退院前日19日まで続きました。
  1.座って、両足の踵上げ、つま先上げ
  2.座って、片足ずつ、足の指で床に置いたタオルの抓み寄せ
  3.仰向けで足首に天井から錘のついてロープをくくり、腿からの足上げ(3日目から追加)
  4.仰向けで両膝を幅広ゴムでくくり、両腿(足)の開閉(5日目から追加)
  5.傾斜のついた稼動椅子に座り、両足で椅子を上下(座ってのスクワット)


 10日からリハビリ室以外でも自主リハビリを開始、
 下のメニューを、朝5時頃から昼前頃迄、毎時間10回ほどやりました。
  1.病棟内を2周の歩行 2.スクワット50回 3.病棟4-6階の階段を往復
 
 歩行器は11日には解除され、杖を使っての歩行が許可されました。
 杖・・・左足筋力が中々戻らず・・・退院まで杖無し独歩は許可されませんでした。

2016年5月26日木曜日

腰痛手術3回目の記録 3.手術後の3日間(5月6-9日)・・・ひたすら我慢

 腰痛手術3回目の記録 3.手術後の3日間(5月6-9日)・・・ひたすら我慢


手術後の6日午後から9日月曜日までの我慢の3日間の記録です。

 手術後は3本の管でベッドに縛り付け状態・・・、
 血液、浸出液等を排出する2本のドレーンと、排尿の管です。
 

ベッドを起こし半臥、慎重な寝返りは出来ますが、その他は禁止。
6日金曜午前の手術が終わった午後から、
ドレーンを外す予定の9日月曜までは只管の我慢・・・。
定期的に傷口あたりに波が押寄せるような鈍痛・・・、
昼間は大奥との会話や読書で気を紛らわせられますが、
夜中・・・金曜から月曜の朝までの3晩が一番辛い時間でした。



前回手術はドレーン外すのが一日遅れ・・・、今回は予定通り月曜に外せる事をお祈り・・・。
もう一つの心配・・・尾篭ですが ・・・、手術前絶食の関係で普通は大丈夫なんだそうですが、
もしもの時はベッド上で・・・、看護師さんの話しによると『少々大事・・・』、これも無事を祈りました。
 
お祈りの効果か、ドレーンと尿管の管は予定通りに9日、月曜日に外せました・・・、
思ったより身体に深く入った3本の管・・・抜き取る時の何とも云い難い独特の感覚・・・です。
が、管を抜いた後の爽快感・・・最高です・・・これでコルセットを装着、歩行器での歩行が可能です。
 
さて 、コチラも無事に大事にならずにすみました・・・が、後日、これが別の形で難儀なことに・・・

2016年5月24日火曜日

腰痛手術3回目の記録 2.手術の当日(5月6日)、当夜・・・

 腰痛手術3回目の記録 2.手術の当日(5月6日)、当夜・・・

手術の当日と、その夜の様子の記録です。
今回は、2-3番、4-5番の脊椎狭窄所、5-6(仙骨)番の分離辷り症の3ヵ所。
手術することを決めた4月19日の診察での主治医の手術についての説明は次の通りでした。
    『手術は3ヵ所・・・分離辷り症もあり、腰の手術としては大きい手術です・・・、
       9時に手術室に入り、10時頃手術開始、午後2時頃に病室に戻る予定・・・・。』


 5月2日に入院、連休の関係で一旦、自宅に外泊、
 5日に改めて再入院、5月6日の朝9時から手術でした。
 6日は4階の病棟で8時過ぎから手術着に着替え点滴開始、
 前日5日に排便があったので予定の浣腸はしなくて済みました。
 ホックでバラバラに出来る手術着の下は紙パンツのみです・・・。
 9時前、2階中央手術室に点滴スタンドを押して看護師さん、大奥と移動。
 中央手術室入口前は患者で行列・・・順番が来て入口で大奥とお別れ・・・。

 

手術室ロビーで、6、7名の手術スタッフの方々にご挨拶・・・、
ヒーターで暖められた狭いストレッチャーの上に乗り手術室へ移動。
すぐ右には無影灯の下に私が乗せらるであろう手術用の台・・・、
スタッフの方々が素早く心電図、血圧測定機器や点滴、顔にはマスク。
緊張の突き当り・・・私・・・何度もの経験ですが不安がイッパイです、
「気持ちが和らぐ薬です、深く息を吸って下さい・・・眠くなります・・・」の声、
私、チラッと横目で右側の手術台を見た・・・この当りから記憶が全くありません。

 
 大奥によると病室に戻ったのは予定より30分早い13時半・・・、
 4年前の手術の時よりも意識がハッキリ、元気な様子だったそうです。
 当夜は腰に痛み・・・ナースコールで痛み止め座薬をお願い・・・、
 後は何度か、寝返りで姿勢を変えることで何とか痛みを凌ぎました、
 二日目の夜も少し痛みが出て座薬・・・その後、急速に痛みは減りました。
 4年前は痛みを我慢し過ぎ・・・今回は薬剤師さんの指示で座薬をして貰ったのが正解でした。

2016年5月22日日曜日

腰痛手術3回目の記録 1.これ迄の私の腰痛手術の経過

 腰痛手術3回目の記録 1.これ迄の私の腰痛手術の経過


腰痛の手術・・・今回で3度目でした・・・、
これまでの私の腰痛手術の経過を纏めてみました。
 
1回目は 12年前の2004年10月14日・・・痛みでMRI撮影不能・・・、
抱いて貰って3度の脊椎造影剤注入・・・1-2番の椎間板ヘルニアでした。
緊急手術・、術後も麻痺が取れず、一時は車椅子生活の心配・・・。

必死のパッチでリハビリ・・・何とか年内12月3日に歩いて退院出来ました。
 
2回目は 4年前、2012年4月13日・・・その年の初めから、
坐骨神経痛悪化、連続歩行時間短縮、トイレ関係QOLの悪化
1回目の主治医移籍先病院で3-4番の脊椎狭窄症の手術を受けました。
 
3回目の 今回・・・2回目以後、じわじわ調子が悪化、
2014年秋から痛み進行・・・去年の春に一段と悪化しました。
今年の年明けから更に痛みが酷くなり、主治医に相談していました。
その後、改善するどころか悪化の一途・・・4月に手術を決意・・・、
4回目は何としてでも避けたい・・・、と、12年来の主治医に夫婦でお願い・・・。
2-3番、4-5番の脊椎狭窄所、5-6(仙骨)番の分離すべり症、3ヵ所の手術となりました。
 
椎間板ヘルニア手術は神経を圧迫しているヘルニアの除去・・・。
脊椎狭窄症の手術は先生の表現では狭窄部している部分の骨を削る除圧術・・・。
分離辷り症の後方進入腰椎椎体間固定術・・・の金属で5-6番の骨を固定するそうです。
 
手術前に下を発見・・・私の金属は48ミリ・・・少々恐怖感・・・ネットは便利?、痛し痒し・・・です。
 

2016年5月20日金曜日

入院してました・・・本日無事退院・・・三度目の腰痛手術でした

 入院してました・・・本日無事退院・・・三度目の腰痛手術でした

 実は、腰痛で5月2日(実質5日)から入院してました。
 
 今回、まさかの3回目の手術でした・・・、
   『 三度目の正直・・・ 』の三回目の手術・・・?。
   『 二度あることは三度・・・ 』の三回目の手術・・・?


 

6日に腰の3カ所の手術を無事に終え・・・、
本日20日、予定通りに退院することになりました。
 
お世話になったのは前回と同じ市立伊丹病院
私をご担当頂いたお二人の先生、ドクターは勿論ですが、
看護師、薬剤師、麻酔、リハビリ、身の回りのお世話の沢山の方々・・・、
皆さん本当に優しくて親切・・・安心して入院期間を過ごすことができました。
市立伊丹病院・・・4年前より更に優しく親切・・・,
一段と進化された病院になっておられました。
 
もう3回目・・・皆さんのご心配を懸念・・・、今日まで入院・手術を伏せておりました。
無事に退院・・・、入院中はアレコレありました・・・ボチボチ、三度目の腰痛手術・入院顛末記を記載したいと思います。