午前5時、14年前の阪神大震災発生時刻が近づきます、
薄れかけもありますが、多くが鮮明に記憶に残っています。
2階寝室、私は箪笥が倒れそうな異様な揺れに隣の娘の
上に覆い被さり、1階では朝食準備の大奥が台所で右手
はガスのスイッチ、左足で食器棚を押さえて呆然・・・の姿。
その後は、阪神地域在住の方々は皆さんがそうでしたが、
断水、停電、食糧、通夜葬儀・・・、大変な日々が続きました。
この世の事とは思えぬ様相も、馴れで麻痺してしまう毎日、
阪神一帯の火災の噴煙、阪神高速崩、阪急伊丹駅高架崩落、思い出すと今も怖気が走ります。
親戚への水ポリタンク満載の車で176号線を宝塚に向う途中、
初経験の車酔い、殆どが傾いている道路脇ビルや電柱を
見ながらの運転で平衡感覚が変になったのが原因でした。
少し落ち着き、お得意先への震災見舞いで三宮に入り
学生時代から界隈を遊び廻った生田神社の無残な姿・・・、
思わず、へたり込む様にしてその場に座り込んだものでした。
あれ以来、大地震の教訓が「関東大地震」から「阪神大震災」に変わって、もう早や14年、
犠牲者6,434人、自然の力に比べるとしみじみ人間の非力さを思い直さずにはおられません。

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