| 友人のお母さんが亡くなられ、昨日、お通夜でした、 お宅に伺うたびに何かと心遣い頂く、優しい方でした。 この友人宅には我家のビーグルの長男坊が婿養子、 お母さんには孫の様にとても可愛がっていただきました。 手術不能の癌との診断の後、友人は良く頑張りました、 ことに末期疼痛が始まってからの心労は言葉に尽くせません。 何度もの入退院、最後の退院は主治医も逡巡の中の友人の決断、許される最後のひと時は お家で過ごされました、お母さんには至福の時間、友人にとっては至高の親孝行だと思います。 「病院で産声、病院のベッドで臨終」が当然になったのはいつ頃からか? 「QOL」が問われて久しい・・・、改めて最期の在り方を考えさせられました。 家族に見守られての安らかな最期・・・、『言うは易く・・・』の最たるもの、 友人は家族の献身的介護と、類稀なる親友の応援で頑張ったのですが、 医療、福祉、社会、家族関係、これからの日本、何とかしないといけません、 『如何に死ぬか』は「如何に生きるか」の延長線上、良く考える必要があります。 昨日のお通夜、会場での開式前の想い出写真の最後の一枚は、 お母さんと、婿養子のビーグル「ハッピー」との微笑ましいツー・ショット、 ほんとうに、本当に良く可愛がって頂きました、心からお礼申し上げます。 合 掌 |


0 件のコメント:
コメントを投稿