21日の朝日新聞「折々のことば」を見て、
還暦越え、古希前親父・・・年末・・・することがあるのに・・・、
少し考え込んでいました・・・正に「下手の考え休むに似たり・・・」です。
鷲田清一
2015年12月21日 大宅映子
「死ぬとわかっていてなぜ人は生きていけるのか。
その根源的な理由を考えるのが、文学部というところです。
人間にとって永遠の課題なのでしょう・・・、
私のようなボンクラ親父には判りそうにありません。
出来るものなら隣で寝ているワン公のモモに聞いてみたいです。
ふと、パスカルの言葉を思い出しました。
「人問は生まれながらの
死刑囚のようなものである・・・」
かの・・・あの、パスカル・・・ですら・・・、
死からの救いをキリスト教信仰に求め・・・、
しかし叶わず、哀しい最後のパスカルの言葉・・・、
「願わくは神よ、私をお見棄てになりませんように・・・。」
死からの救いをキリスト教信仰に求め・・・、
しかし叶わず、哀しい最後のパスカルの言葉・・・、
「願わくは神よ、私をお見棄てになりませんように・・・。」


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