祝! 沖縄興南高校、夏の甲子園制覇、 沖縄には思い入れのある私、嬉しい優勝です。 現役時代、ヒョンな事が重なって、直接の仕事以外で、 復帰間もない、米軍統治が色濃く残る沖縄に出張しました。 嘉手納基地、米軍爆撃機のタッチ&ゴーとジェット戦闘機の凄まじい爆音、 糸満市「ひめゆりの塔」、慰霊碑で知った沖縄県立第一高等女学校の校の悲話、 摩文仁の丘、沖縄戦最大の激戦地の戦跡と、真っ青な海の色の落差が記憶に鮮明です。 大田実海軍中将の自決直前の6月6日、海軍次官宛ての電報も忘れられません。 「 沖縄県民ノ実情ニ関シテハ県知事ヨリ報告セラルベキモ県ニハ既ニ通信力ナク ・・・ 中略 ・・・ 糧食六月一杯ヲ支フルノミナリト謂フ 沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ 」 全文はコチラ 前首相・・・、沖縄の基地問題への考えがこんなに無責任とは思いませんでした、が・・・、 前政権・・・、アメリカとの密約、札束による地元対策など、余りにも隠微過ぎ、が・・・、 ずっと続いてきた沖縄の負担を見てみぬふりしてきた国民に一番問題があったように思います。 沖縄の基地負担を大きく減らす良い方法、 絵空事の理想論ではなく、且つ軍事偏重でない妙案、 政治家任せではなく、日本人全体で考える必要があると思います。 以上、還暦越えノンポリティカル親父、敢えて終戦記念日を外しての呟き・・・デス。 右、元切手集め少年の唯一残る収集切手、1957年、昭和32年発行 米軍統治下、琉球郵便の切手です。 |



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